「ねえ、お父さんのしごとって、なに?」
そのひと言が、刺さった。
我が家のリビングでの何気ない夕飯のあと。
小2の娘が、ふと僕に向かって、箸を止めたまま問いかけた。
「なにって……」
その瞬間、頭の中が真っ白になる。
心の中で“緊急会議”が始まった。
■ そう簡単に説明できるもんじゃない
僕の職業は、いわゆる「会社員」。
正確には、都内の某IT企業で“業務推進部”という、ちょっと聞いただけでは何をしているかわからない部署に所属している。
一応やっていることを並べてみると、社内プロジェクトの進行管理、資料作成、部門間の調整、あとちょっとだけ人事っぽいことも……って、自分でも何屋かわからなくなってきた。
昔、親に「どんな仕事してるの?」と聞かれて「うーん、いろいろ」と濁したことがあるけど、まさか娘にも同じことを言いそうになるとは。
■ 娘の目が真剣すぎる
「えっとね、パソコンでね、いろんな人と話したり、会議したり……」
しどろもどろになりながら説明し始めるが、娘は箸を持ったまま、まるで裁判官のようなまなざしでこっちを見てくる。
「それって、なに作ってるの?」
う……痛いところ突いてきた。
「えーっと、何かを作るっていうより、みんながうまく作れるようにサポートしてる感じかな……?」
「ああ、それって先生みたいなもの?」
おぉ、いい線いってる!
……と思ったけど、すぐさま娘が首をかしげる。
「でも学校の先生は授業するよね?お父さん、授業してないでしょ?」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
子どもって、核心を突いてくるのがうまい。しかも、悪意ゼロの純粋な目で。
悪気がないぶん、ダメージは倍だ。
■ たとえ話で乗り切れ!
よし、ここはたとえ話で攻めよう。
「たとえばさ、運動会ってあるよね。リレーとかやるやつ。」
「うん、あるある!たのしいよ!」
「そのリレーをさ、成功させるために、バトンを配ったり、順番を決めたり、走る人の調子を見たりする人がいたらどう?」
「……うーん、先生かな?」
「そうそう!それに近い感じで、お父さんは、会社の人たちがスムーズに働けるようにサポートしてるんだよ」
「ふーん……でも、それってやっぱり先生じゃない?」
違う。いや、似てるけど、違う。
先生ほど明確な“教える”仕事じゃない。
けど、教えることもあるし、教えられることもあるし、たまに自分でも何やってるかわからないし。
もうダメだ。たとえ話でも無理だった。
■ 思い出した、昔の自分
ふと、思い出す。
自分が小学生だった頃。
父親に「お父さんの仕事ってなに?」と聞いたことがあった。
返ってきた答えは「人の会社を手伝ってる」だった。
……今ならその答えが痛いほどわかる。
なんなら、僕の答えもほぼそれだ。
当時は「なんだそれ?」と思ったけど、きっと父もあのとき、詰んでたんだろうな。
そして今、そのバトンは僕の手に渡された。
まさか30年の時を経て、同じ立場に立つとは。
■ 妻のひと言が刺さる
「あはは、お父さん、説明下手〜」
笑いながら妻が横から突っ込んでくる。
「もう、いつもパソコンばっか見てるから子どもに何してるかわかんないんだよ」
それは、正論すぎてぐうの音も出ない。
リビングでノートPCを開いてる姿、スマホでSlack確認してる姿、たしかに“遊んでる大人”にしか見えないだろう。
「じゃあママはなにしてるの?」と娘が聞くと、妻は即答。
「ママはお客さんの髪を切ってキレイにするお仕事だよ」
美容師というのは、説明がしやすい。
目に見える成果があるし、子どもでも理解しやすい。
うらやましい職業だ……。
■ 仕事って、見えづらいものかもしれない
「お父さんの仕事はね、“見えないものを整える”仕事なんだよ」
苦し紛れに、そんな言葉を口にしてみた。
「みんなが仕事で困らないように、計画を立てたり、話をまとめたり、うまくいくように準備したりするの。だから、お父さんがちゃんと仕事してると、みんなが気持ちよく働けるんだよ」
娘は少し考えて、こう言った。
「じゃあ、お父さんって……魔法使いみたいだね!」
「え?魔法使い?」
「だって、なにしてるかよくわからないけど、なんかすごいことしてる感じする!」
……すごいことしてるかは微妙だけど、
少なくとも“よくわからない”という点では的確だ。
そして、なぜだろう。ちょっと嬉しい。
■ オチ:子どもの一言に救われた
その後、娘は学校の作文で「お父さんのしごと」というテーマにこう書いた。
「おとうさんは かいしゃで みんながうまくしごとできるようにする まほうつかいです。
わたしも そんな まほうがつかえる おとなに なりたいです。」
……泣いていいですか?
たとえ完璧に説明できなくても、伝わるものはある。
子どもって、すごいなあと思った夜。
そして今度こそ、自分の仕事を胸を張って言えるように、ちゃんと“言葉にする力”も磨こうと思ったのでした。
おわりに
見えづらい仕事、説明しづらい仕事ってたくさんある。
でも、その仕事にもちゃんと意味があって、誰かの支えになってる。
子どもの一言に詰まりながらも、自分の仕事を見つめ直す、そんな小さな事件の話でした。
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